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zoom RSS やはり、SONGSから

  作成日時 : 2008/04/03 02:54   >>

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一年ぶりに、SONGSで竹内まりやのSPを観た。

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八ヶ岳音楽ホールそして満開の神代桜の下で歌う竹内まりやに再会できて、うれしくなった。そして、2000年の武道館でのライブ。40代の彼女は、実に若々しかった。そう見えたのは時代や流行にこだわらない純粋に歌が好きな一人の女性としての気持ちの表れだったのかもしれない。
一昨年、第一回目のSONGSでその歌う姿を見たとき、非常に感動した。涙が出そうなくらい。そしてその感動が心の中にずーと残ったまま一年が過ぎ、また新しい桜の季節になった。
いろんな面で迷ったり、悩んだり、苦しんだり・・・しかし子供の笑い顔と同じくらいこのときの竹内まりやの歌う姿や話しかける言葉が、この現実の世界の中で勇気や希望を与えてもらった気がする。今回、また、「元気を出して」は新しいこれからの1年に対し、まさに元気をもらった気がする。
そして今週末、妻と子供たちに見せたかった満開の神代桜を見に行く予定だ。
4月5日、息子の6歳の誕生日に。

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PS.去年の「52歳の竹内まりや」への想いを綴ったメッセージを載せます。想いそのものを言葉に残したものです。変な日本語になっているかもしれませんが・・・。

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「52歳の竹内まりや」・・・ショック!ずーっと20代のままの気でいたから。20070411、NHK「SONGS」、なぜ今「竹内まりや」なのか?・・・。30分後、涙が出そうな自分がいて、今の気持ちをどこかに残したい自分がいて、混乱している自分がいて・・・やっぱり「達郎」じゃなくて「まりや」なんだと思った自分が最後いた。竹内まりやとの出会いは、彼女のデビュー曲から。当時長野から上京し、ムサビに通っていたとき。毎朝FM東京の朝の番組の中で流れていた曲。「戻っておいで・私の時間」新宿伊勢丹のCM曲。実にマニアックかもしれないが、この歌手は覚えておいてもいいなと感じていた。それとたまたま大学の先輩に伊勢丹に勤めていたヒデさんがいて、まだぜんぜん売れていないこの歌手「竹内まりや」の話で盛り上がったことを覚えている。先輩も確かそのCMの関係者だった記憶もある。だから余計に。そんな記憶や思い出を回想しながら「52歳の竹内まりや」を立ったまま聴いていると、その当時の彼女と自分そして50歳を目前にした自分が交互に入れ替わるような不思議な自分がいた。そんな混乱状態の中で、竹内まりやは実に堂々としていてカッコよく見えた。言い方が変だが・・・何か勇気付けられた気がした。それはシンガーソングライター竹内まりやではなく、同世代を生きてきた一人の人間として。何か他人ではないような感じでとても素直な気持ちでがんばるというより、今のままの自分を一生懸命生きていくことの大切さと自分に対しての自信を信じて、そしてこれからの人生への希望を与えてもらった気がする。
何かを創るという仕事をしていると、20代や30代のときの自分を羨ましがる時がある。あの時は何でもできそうだったり、時間もお金も気にせずにいられた自分が・・・そして何より体が。でも、30代、40代と年をとると周りとうまくやれるようになった。ただ、引き換えに現実を意識して社会人らしくみせることが必要だと自分に言い聞かせたり、逆に現実だからといって逃げ場に変えてしまう自分を正当化しだしていた。そして今、50歳を目前に本当に大きな、大事なプロジェクトに関わっている。それは自分の子供やその子の子供の時代まで残るような仕事だと信じている。しかし今、周りとうまくやるためには挫けそうになったり、感情的にぶつかりそうになる場面が多々生じる。それは、創るという仕事の過程は決して多数決の理論では無いと信じているからだと思う。しかし結果は、多数決の理論もへたも無く、良いか悪いかのどちらかしかないことも知っているつもりだ。
残雪が残る八ヶ岳音楽ホール、銘建築家吉村順三設計で、個人的にもとても好きな場所だ。昔、チック・コリアがソロコンサートをこの場所で開いたが、お金と時間が無くていけなかった。春の桜が満開の樹の下、まさに今。好きな花はいろいろある。バラ、芍薬、ひまわり、タンポポ、蓮華・・・そして桜。子供のころから不思議と好きだった。ほんの1,2週間の出来事があまりにも美しく感じ、幻想的に思え、わくわくして、でもどこか悲しい終わり(死)としての出来事を感じていた。桜に対する思いの数だけ年をとるような気さえし、日本人であることのアイデンティティはミトコンドリアDNAが桜の花と共振して創っているかのようだ。何か話が難しくなってしまった・・・。
彼女が日本語を大事にしたいと言った気持ちがよくわかる。それは桜の花と無縁ではないと思う。50代の生き方とも無縁ではないだろう。自分も今同じことにはっきり気づいた気がする。日本の社会が欧米化の心地よさと、しがらみを持たない気楽さに価値を見出そうとし、グローバルな境界の無い世界で人間関係が希薄化していく中で、日本語でしっかり物事を伝えることが50代の役目なのかもしれない。そんな勇気と自信を「52歳の竹内まりや」は教えてくれた。まさに「人生の扉」。
尊敬する人の中で女性が一人いる。「穐吉敏子」。彼女は、アメリカ在住の日本を代表する世界的なジャズピアニスト・作曲家・編曲家である。その彼女の数ある名言の中で「マリーゴールドはマリーゴールドだということに気づいた」と語ったことがある。要はアメリカで、アメリカの魂とも言えるJAZZを異国の人間それも女性が行うことは並大抵のことではない、しかし自分が日本人であることに変わりなく、それを自覚することで初めてアメリカで正当に認められたということを語っている。まさに人生の哲学がある。そして今日の竹内まりやは、尊敬する二人目になった。
ちなみに、竹内まりやのレコードおよびCD等はいまだに一枚も持っていない。何度か買おうと思ったことはある、しかし不思議と手元に無いほうが良いようにいつも思えていた。でも、明日こそ、いやもう今日買いに行くだろう。

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後日談:まだCDは、発売されていませんでした・・・。

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